【糖質制限ブームへの思い】ご飯はそんなに悪者なのか?

食事
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こんにちは!崖っぷち50代ダイエッターのトド猫オカンです。

最近のダイエット界隈では、糖質制限が大流行ですね。
私も、糖質の摂りすぎは肥満につながり、糖尿病リスクを高めるという意見についてはその通りだと思っています。
なので、日頃からできるだけケーキなどの甘いおやつは控えるようにしています。

けれども、炭水化物は一切摂るな!その代わりたんぱく質と脂質はどれだけ摂っても構わないという極端な糖質制限ダイエットは、本当に私たち人間にとって問題ない食事方法なのかといつも疑問に思っています。

わずか60年足らずの人生しか経験していませんが、これまでにあった色々なことを経て、今の私は
「何事も極端は良くない」
とつくづく感じているからです。

昭和生まれの私の世代には、「白米を食べないと食事をした気にならない」と言う人がたくさんいます。
実は私自身はそれほど白米に執着はなくて、どちらかと言えば麺類やパンの方が好きなのですが、それでもやっぱり「白いご飯が食べたいなぁ」と思うことはたまにあります。
特に濃い味付けのおかずを前にすると「ここに白ご飯があれば」っていつも思います。

これまでの自分の人生を振り返れば、日本人ならたいていの人はいつも食卓に「白いご飯」があったはずです。
それなのに何故、今こんなにもご飯が悪者になってしまったのでしょうか。

私は、これを書くにあたって、糖質制限を推進されている方の本を読み、それを実践した結果「痩せた」と喜んでいる方々のブログやツイッターの書き込みをたくさん拝見しました。
私は元々何でも信じやすいタイプなので、いつもならこういう頭の良い方が書かれた本を読んだり、結果を出された方の体験談を見るとすぐに
「なるほどなるほど確かにすごい!」
と思って実践したくなるのですが、「炭水化物を一切摂らない」という極端な糖質制限についてだけは、どうしても納得いかないというか、とても大きな違和感を覚えてしまうのです。

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炭水化物の働き

私は学生時代に家庭科で3大栄養素について学びました。
「タンパク質」「炭水化物」「脂質」の3つですね。
お店で売っている加工食品にはこれらの表示が義務付けられています。

この3大栄養素は、ご存知の通り、私たち人間の生命維持や身体活動などに欠かせないエネルギー源です。
このうち炭水化物は、すぐに使えるエネルギー源としてとても重要なものとされています。
特に脳ではブドウ糖が主なエネルギー源になりますので、これが不足すると判断力が鈍り注意力が散漫になったりぼーっとしてしまったりして重大な事故につながる恐れがあります。

こう言うと、脳のエネルギー源はブドウ糖だけではなく、ケトン体もあると反論されます。

【ケトン体とは】
血液中の糖が不足した場合、次に内臓脂肪がエネルギー源として肝臓で分解されます。
その過程で生成されるのがケトン体です。
ブドウ糖不足に陥ると、代替物質として脳がこれを利用します。

ケトン体については、増えても人体に問題はないと最近は言われているようですが、どうやら問題はそれだけではなさそうです。

この、山梨医科大学名誉教授 佐藤章夫氏(故人)の説については、これもまた少し極端なので糖質制限推進派からは否定されることが多いようですが、個人的には、氏の

「食べる」ということは「炭水化物を食べる」ことなのです。

というひと言は何故かすとんと腑に落ちました。
日本人の場合なら

「食べる」ということは「ご飯を食べる」こと

と言い換えられるでしょうかね。
ただし、佐藤章夫氏の場合は論理的な話ですが、私の場合はメンタル的な意味です(笑)。

心の安定はたんぱく質では得られない

むずかしいことは私にはわかりませんが、少なくとも私はご飯を食べるとほっとします。
お肉を食べても心は落ち着きません。逆にざわざわします。
極端な断糖・高脂質を推進する方だと、ご飯の代わりにバターや牛脂をたくさん食べろと言いますが、それで体の調子が仮に良くなったとして、果たして心は安定するのでしょうか。

小学校の遠足のお弁当にはいつも母の手作りのおにぎりが入っていました。
熱を出すと、母はいつも梅干の入ったおかゆを食べさせてくれました。
そんな風に、思い返すと私の周りにはいつも白いご飯がありました。

そして、湯気がぼわっと立ち上る白いご飯を思い浮かべると、それだけで何だかほっとして心が温かくなるのです。

日本人には日本人の心の拠り所があると私は思います。
いくら炭水化物が「必要ない」ものだと言われても、それは体にとっての栄養という意味合いだけであって、心の栄養はまた別物です。

おやつも心の栄養ですわよ♪

極端な思考の危険性

私は、何事もやりすぎは良くないと常々思っていて、自分にとって一番心地よい状態を探ることを心がけています。

極端に「食べたいものを制限」することが続くとストレスが溜まります。
ストレスは血液の循環を悪くしますし、コレステロールなどがたまりやすくなってかえって太るという説もあります。

そして、人間の脳というのは不思議なもので

「これを食べたら健康に悪い」

と思いながら食べるとその通りになるけど

「美味しい!こんな美味しいものが食べられて幸せ♪」

と思いながら食べると、幸せホルモンと言われるセロトニンがたくさん分泌され、満足するので食べ過ぎからくる肥満を抑えられるとも言われています。
そういう意味でも、極端な食べ物の制限はかえってよくないんじゃないかなと私は思うのです。

また、糖質制限を続けて効果が出てくると、たぶん嬉しさと同時に「糖質への恐れ」も出てくると思うんですよね。
たとえば、キャベツや玉ねぎにだって糖質は含まれますから、神経質になってしまって「あれもこれも糖質が入ってるからダメ!」となりそう。
実際にそういうツイッターでのつぶやきも目にしました。

「糖質制限食でもたんぱく質や脂質はOKだから意外に色んなものが食べられる」というのは実際そうだと思いますが、私は自分が「炭水化物抜きダイエット」をやった経験上、「食べてOK」なものを探すのに疲れます。
何より、ご飯を「敵」のように扱わなくてはならないことがとてもストレスになりました。

何やら、血糖測定器なるもので計測しながら食事する人もいるようですが、そんな食事って楽しいのかしら、と思います。

ちなみに、糖質割合が低下するにつれて死亡リスクが上昇するという論文も出ているようです。

でも、だからと言って、じゃあ糖質はがっつり摂っていいのかと言うと決してそういうわけではなくて、どちらにしても極端はダメだと思うわけです。

個人的には、「ゆる糖質制限(ロカボ)」が一番良いのではないかなと思っています。
つまり、1日に食事から摂る糖質量を合計130g以下に抑えるというやり方ですね。
これなら、まったく糖質を摂らないというわけではないので、家族や職場の人と一緒の食事会などでもあまり神経質にならずに実施できそうです。

まとめ

私は、阪神淡路大震災を経験しており、「安心して食事ができる」ことの大切さを身に沁みて感じています。
あの震災の当日、真っ暗な中不安に押しつぶされそうになった私を救ってくれたのは、近所の人が分けてくれた、たった1個のおにぎりでした。

冷たいご飯で握られたもので、塩気もなく海苔も巻かれていませんでしたが、その日初めて口にしたそのおにぎりの美味しさを、今でも決して忘れていません。

悲しいことがあっても辛いことが起こっても、ご飯があれば何とかなる!
白いご飯にはそんなパワーがあると私は思っています。
それだけに、昨今の「ご飯は悪者」みたいな扱いがどうにも悲しくて、私の思いを書いてみました。

長々と語ってしまいましたが、全然論理的でもなく説得力もない関西のおばちゃんのつぶやきを、最後まで読んでくださりありがとうございました。

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