こんにちは!崖っぷち50代ダイエッターのトド猫オカンです。
今日も来てくださって本当にありがとうございます。
実はオカン、今でこそなんの抵抗もなくさらっと「ダイエッター」と名乗ってますが、実は以前はこの言葉が大嫌いでした。
ダイエッターって、要するに「痩せられない」からずっとダイエットしている状態なわけで、結局のところは結果が出せない、出てもまたすぐリバウンドしてしまう、そしてなんだかんだと言い訳ばかりしている人、というイメージがあったんです。
(あくまで個人の印象です。不快な思いをさせてしまいましたらごめんなさい。)

自分で言いながらグサグサ刺さるわ
けれども、今は「ダイエッターも悪くないね」と思うようになりました。

今ちょっと、カリフォルニアの農園あたりで麦わら帽子を被ったお兄さんが親指を前に突き出して「こんな生活も悪くないね」とか言ってる絵が浮かんだ

なんで?
それは、たとえなかなか結果が出なくても「万年ダイエッター」と揶揄されようとも、その人なりにちゃんと目標を持って少しでもそこに近づこうと努力している姿は、もうそれだけで尊いことだと思うようになったからです。
今回は、そんなふうに、私が「ダイエッター」という言葉に対する印象が変わった経緯についてお話してみたいと思います。
「万年ダイエッター」と言われて悲しい思いをしている人、がんばってるのに結果が出なくて落ち込んでいる人がもしいたら、ぜひ読んでやってくださればと思います。
太ると「自己肯定感」が低くなる
太っている人って、実のところ「自己肯定感」が低い人が多いんじゃないかと思います。
【自己肯定感とは】
自己肯定感とは自己価値に関する感覚であり、自分が自分についてどう考え、どう感じているかによって決まる感覚です。
そのままの自分を認め受け入れ、自分を尊重し、自己価値を感じて自らの全存在を肯定する「自己肯定感」の感覚は、何ができるか、何を持っているか、人と比べて優れているかどうかで自分を評価するのではなく、そのままの自分を認める感覚であり、「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在」だと思える心の状態が土台となります。
※一般社団法人日本セルフエスティーム普及協会公式HPより引用
もちろん、太っていても堂々として自信に満ちあふれている人もいます。
でもきっとそういう人は少数派で、たいていのおデブさんは、自分に自信が持てず自己肯定感が低いまま苦しい日々を過ごしているんじゃないかなと思います。
細くてきれいな人を見るたび、そして鏡で改めて自分の姿を見るたびに劣等感にさいなまれ、どんどん「自己否定の沼」に落ち込んでいきますよね。
実は私もそうでした。
私はもっとずっと小さい頃から、父親にあまり愛された記憶がなかったり学校内外でいじめを受けたり、その他色々なことが重なって、最近まで自分に全く自信が持てないまま過ごしてきました。
それでも、そんな私でも好きになってくれる人が出来、結婚して子どもも生まれ、次第に「私にも価値があるのかも」と少しは思えるようになってきていたのですが・・・
不本意にもブクブク太ってしまった結果、またまた昔のような「自分を卑下する自分」に逆戻りしてしまったのです。
いくつになっても人間って根本的な部分って変わらないですね。
「四十にして惑わず」とか言いますが、とんでもない!
私は50歳すぎてもみっともなく人生をウロウロウロウロ迷い続けています。
自己肯定感が低いと疑り深くなる
私は「自己肯定感」がどん底になった結果
「こんな太っている私は人に好かれるはずがない」
「みんな私をバカにして陰で笑っているに違いない」
「たとえ褒められてもそれはお世辞だ」
そんな風に思うようになりました。ひ、卑屈・・・。
でもここまではっきりとした否定ではなくても、なんとなく漠然とそう感じている人は多いかもしれません。
何の取り得もなく、ただみっともなく太っちゃった私・・・
自分でも認められないそんな自分を他人が良く思うわけがない
太って自己肯定感が低くなってしまうと、どうしてもそう思いこみがちなんですね。
だから他人からの褒め言葉を素直に受け容れることができなくなります。
つまり他人が信用できなくなっている状態です。
自分ではなかなか気付けませんけど。
でも、それって相手にとても失礼なことではないでしょうか。
自己否定は相手を否定することにも繋がる
実は私が「自己否定は相手に失礼だ」と考えるようになったのは、私の友人Aさんが私に言ってくれたひと言がきっかけでした。
自己肯定感のとても低い私は、たとえばこちらからのお誘いに応じてくれた人に対して
「忙しいのにこんな私なんかに付き合ってくれてありがとう」
という言い方をごく自然にしてしまいます。
そして、「これ似合うんじゃない?」と勧められたものに対しても
「私なんかにはもったいない」
みたいな言い方で否定をしがちです。
そんな卑屈な私にイライラしたのでしょう。
Aさんは
「それって自分だけじゃなく私も否定してるよね?」
と言いました。
私ははっとしました。
「控え目なのはいいことだけど、自分を否定することは、そんなあなたを好きだと言っている私のことも否定してるってことだよ。そこに気付いてね」
こうやって文字にするとごく当たり前のことに思えるけれど、私からすると目からウロコでした。
自己肯定感が低いと、なんでもかんでも疑いの目で見てしまいがち。
似合うと言われても「お世辞にきまってる」なんて。

まぁお世辞かもしれんけど

話の流れぶった切るなよ
でも、私は太っていて醜いことは事実だけど、心まで歪んで醜くなってしまう必要はないんですよね。
元来、私は素直なところだけが取り柄だと昔からよく言われてきました。
それがいつのまにか、そんなたったひとつの良いところまで失ってしまっていたんです。
それ以来、私はできるだけ褒められたとき(めったにないけど・・・)には、「そんなことない」とか「私なんか」とは言わず
「嬉しいです、ありがとう」
と答えるようにしています。
要は「否定せずにそのまま受け止める」ということです。
自分の心のアフターケアをしよう
自分を尊重することは相手を尊重することにも繋がる
ということを上で書きましたが、それと同時に
自分を尊重していると他人からも尊重される
とも言えます。
自分が大事にして大切に扱っているものは、他人からも「大事なものなんだな」「大切に扱おう」と認識されます。
たとえば、家でも「これは大事にしているものだから」と宣言して丁寧に扱っている食器なんかは、家族も「これは大切なものなのだ」と認識して丁寧に扱ってくれます。
それと同じことなんです。
自分をぞんざいに扱っていると、他人からも尊重されません。
そして、他人からも大切に扱ってもらえないと、自己否定がどんどん進んで負の連鎖に陥ります。
そこで一念発起して
「痩せて美しくなって見返してやる!」
ぐらいにポジティブになれればいいんですけど、なかなかそんな風に前向きにはなれず
「どうせ私なんか・・・」
とやる気も何もかも失せてしまいがち。
だから、まずはとりあえず自分を大切にしましょう。
自分を大切にするってどういうことかと言うと、「自分で自分のアフターケアをする」ということです。
何かひとつ行動をしたら、自分で自分を褒めます。
「お菓子1個でやめられたね、えらい!」
「早く寝られたね、よかったよかった」
失敗しちゃったことは
「1回ぐらいなんてことない、ドンマイ!」
出来れば口に出すともっと効果的です。
人がいるところでやるとドン引きされますが(笑)、私は家族がいても結構ふつうに言ってます。
言葉には思いがけない力があります。
他人の何気ないひと言で、自分の気持ちの持ちようが変わって人生まで変わることだって普通に有り得るのです。
えらい!
すごい!
がんばったね!
大丈夫!

Take it easy!

オカン大丈夫か?
これらすべてが自分をケアする魔法の言葉です。
大事な大事な自分です。そしてたった1度きりの人生です。
自分をたくさん褒めてケアして大切に丁寧に扱いたいものです。
そうすることで、脳内に「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンがたくさん分泌され、代謝がよくなり活動的になります。
また、セロトニンは満腹中枢に働きかけ、少ない食事量でも満腹感が得られやすくなると言われています。
このように、自分を褒めることは、間接的にではあるけれど、ダイエットにも良い効果をもたらすのです。
まとめ
何やら観念的な話になっちゃいましたが、ダイエットをしているとどうしても自己肯定感が低くなり、辛くなって行き詰まりがちです。
でも、本当は「ダイエットをする」と決意するだけでも素晴らしいことなのだと知っていただきたくて長々と書いてしまいました。
だって「ダイエットを決意する」ってことは、少しでも自分を高めようとしているということなのですから。
だから「万年ダイエッター」でもいいじゃない、と今は思っています。
失敗しても何度も何度も立ち上がって「次こそは!」っていえる自分は素晴らしい!
そうやって自分を認めて褒めて「幸せホルモン」をたくさん出しましょう。
次はきっと成功します。
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